Skip to content

スタジアムと認知と経済(1)〜サッカーはファンを不幸にするか

しかし、この調査ではまったく逆の結果が出ています。
では、この研究はサッカーファンに対して全く間違った分析をしてしまったのかというと、そうではありません。

「サッカーはファンを不幸にする」
というタイトルや、
「喜びより痛みが増すにもかかわらずチームの応援を続けることは、経済学的にみれば非合理的だ」
という考察を読むと、
「サッカー観戦なんてものは、続けるほど苦痛が蓄積する無駄な行為」
と言っているように感じるかもしれません。

しかし、それは大きな誤解です。
この研究がいう「経済学的にみれば非合理的」というのは、「無駄」という意味ではありません。「経済学の合理性と異なる現象が起きている」という意味で、決して悪い意味ではないのです。

「行動経済学」とは何なのか

この誤解を解くために、この調査を行なったチームが研究する「行動経済学」についてお話ししたいと思います。

もともと、「経済学」は基本的に「人間は常に自分の利益だけを考え、常に合理的で正しい判断をする」というのを原則としていました。
(このモデルは「経済人」もしくは「合理的経済人」などと呼ばれたりします)

この「合理的経済人」は、常に冷静で賢く、合理的です。例えば、スーパーマーケットとドラッグストアが向かい合って建っているとしたら、人間は常に「洗剤はドラッグストアの方が安い」とか「卵は同じ値段で売っているが、スーパーマーケットの方が質がいい」とかいう情報を全て知っていて、常に的確な判断をし、最小限のコストでベストなお買い物をするというのが、経済学における人間のモデルです。

しかし、実際のところ、私たち人間はそうではありません。隣の店の方がコーラが10円安いことを後から知ることもあります。「100円ショップで買えるよ」と言われたら、「100円ショップで買うのが一番安い」と思い込みがちですが、実際はスーパーマーケットで98円で売っている事もあります。また、スーパーマーケットの店員さんと顔見知りになると、できるだけスーパーマーケットを利用するかもしれません。
つまり、私たち人間は、感情や思い込みなどの影響により、経済学で想定された「合理的な判断」から外れた行動をする生き物なのです。

このように、従来の「経済的な合理性」に基づいて考えられた「経済学」の想定に対して、実際の人間の経済行動には「違い」があるのです。その「非合理性」や「違い」を研究するのが「行動経済学」なのです。